
アダルトチルドレンとは
みなさんこんにちは!おさきまるです。
今日はアダルトチルドレンについてお話してみようと思います。
以前の投稿で、全人類アダルトチルドレンの絶対法則があるとお話ししました。
まだ読んでいない人はそちらから先に読んでみてください!

みなさんはアダルトチルドレンという言葉は聞いたことがあるでしょうか?
以前も紹介していますが、改めてアダルトチルドレンとは、
家族や世間の中で幼少期から演じ続けてきた偽りの自分のことです。
偽りの自分と言われるとなかなか想像しにくいかと思いますが、
我々の現在の性格とか人間性は、偽りのものということなんです。
家族関係や世間の環境から、本来の自分とは違う自分でいることが、
自分が生きていくうえで都合がいいのではないか?感じることでこのようになります。
心の絶対法則では、すべての人間がこのアダルトチルドレンであると言っています。
明らかな虐待を受けていなくても、
家族から自己のアイデンティティを否定されたり、支配されることで、
人の目を気にするようになってしまうのです。
そもそも自己のアイデンティティを確立できている親がどれくらいいるのでしょうか?
ほとんどの人が分からないまま生きているのが現状ですよね?
あなたはどうでしょう?
自分のアイデンティティがハッキリと確立できていると自信を持って言えますか?
答えはNOでしょう。
なぜなら、NOだからこの投稿が気になるのです。
アイデンティティを確立できていないまま子供を産んで育てるため、
子どもが産まれた時にすでに持っているアイデンティティに気づかずに、
否定する言葉を言ってしまったり、
はたまた自分の思い通りに子どもが人生を送ってほしいという思いから、
子ども自身をコントロールしてしまったりするのです。
これを読んでいるあなたが親であるなら、自覚がありませんか?
わたしは本当に情けないことに、ものすごく自覚があるんです。
わたしが自覚していること

わたしは子どもたちのアイデンティティをコントロールしてしまうことがたまにあります。
夫に対して怒りの感情を出さなくなってから、
今まではなかった、子どもたちに対して怒りが出るようになったのです。
子どもたちはどちらも男の子。
わたしにとっては男という存在は、父を重ねる対象で、
その対象は二人息子たちにも及んでいるのです。
その怒りは、子どもたちのアイデンティティを否定しているのではと思うのです。
なぜなら、父に対しての不満を子供たちを重ねて解消しようとする行為は、
子どもたちの存在を無視していることになってしまっているのです。
また、自分の思い通りにいかない子どもたちを、
怒ってコントロールしていることも多々あります。
このようにわたしは自分で気づかないうちに、
子どもたちのアイデンティティを傷つけ、
アダルトチルドレンにしてしまっているのです。
アダルトチルドレンの存在の正体
わたしの子どもたちへの自覚の例から、
自己の承認欲求を満たすために生まれたものがアダルトチルドレンの正体です。
それが、代々家系に受け継がれていっている。
これが”カルマ”と呼ばれているものなのです。
カルマとは業のこと。
過去の行動はいいことも悪いことも必ず自分に帰ってくるという意味です。
アダルトチルドレンは、そのカルマがとても大きく関わっていると思います。
全ての人は自分の承認欲求を満たそうとして結婚し、子どもを産むのです。
これはとても信じられない話だと思うし、受け入れられない人が多くです。
わたしはあなたと違うから、自分が親にされたことは、
絶対に子どもに同じ思いをさせてないと思っている人でも、
その行為は結局は自分の承認欲求を満たすための行為に過ぎないのです。
それを目の当たりにした子どもは、自分がいかに賢く生きるかを考えて、
アダルトチルドレンを演じるようになるのです。
アダルトチルドレンは防げない
ここまで読んだあなたがきっと今思っていることは、
アダルトチルドレンにならないためにはどうすればいいの?でしょう。
残念ながら、アダルトチルドレンを防ぐ方法はありません。
どんなに自分の心を分析して詳しい人でも、
必ずその子どもは何かしらの偽りの自分を演じるようになるのです。
なぜなら偽りの自分を演じようと思うのは、子ども本人だからです。
どんなにあなたが気を付けていても、
気づかないうちに深層心理に影響された行動を起こしてしまうのです。
意識している人は、起きた後に気づくことはあるかもしれませんが、
形は違ってもある程度同じパターンで、
承認欲求を満たすための行動をしてしまうのです。
この行動に対してどんな感情を抱いて、どのアダルトチルドレンを選ぶかは、
子ども自身が決めることなのです。
わたしたちは偽りの自分を演じているということに、
どこかのタイミングで気づくことが出来ればそれでよいのです。
様々な問題を人生の中で経験して、
その中から自分が本当は何者なのかを思い出していく作業が、
わたしにとってはアイデンティティを確立させる行動だど思うのです。
人生においてもわたしは陰と陽だと思っています。
うまくいっている時は陽。
問題を抱えている時は陰。
陰と陽は表裏一体で、陰極まれば陽となるし、
陽極まれば陰となるんです。
問題も極まると何か気づきを得るということです。
ということは、
問題を悪と決めつけるのはこの世界独特の価値観なのかもしれませんね。
正も悪も陰と陽。
どちらがいいも悪いもないのです。
そこから何か気づきを得るのかはあなた次第ということです。
今日はこの辺で、
また明日もお会いしましょう。
またね~
コメント